今月のエッセイ&イラスト

Vol.34「内島さんのおばあちゃん」
文・堀 直子(児童文学作家)/写真・藤城 薫

 

私のエッセイ教室に通ってくる内島さんのおばあちゃんは、最年長の78歳。ご主人を亡くしてから、 たった1人きりで、数ひきのねこといっしょに、大きな家に住んでいる。

内島さんは、78歳とは思えない程、健康で、明るくて、おしゃべりが大好きだ。趣味は食べ歩きや、 旅行らしいが、戦前戦後を生き抜いてきたたくましさも手伝って、豊かな経験とともに、私など、 内島さんの前でははねとばされてしまいそうだ。

しかしなんといってもユニークなのは、内島さんが、いっさい電気を使っていない生活をしていることだ。
夏の暑さは、うちわがあれば充分だし、冬は体に懐炉をまきつけているから、ちっとも寒くないという。
冷蔵庫もひとり暮らしなら、買い置きをすることもない。洗濯機なんて、じょうぶな手があれば、 いくらでも洗える。

内島さんは、そういって、いつもからからと楽しそうに笑う。

だが、高齢で、1人暮らしだし、もしなにか、あったときのためにと、内島さんは、ある日警察に 出向いていった。すると、警察の人は、携帯電話を用意してくださいと、彼女にいった。 携帯があれば便利だし、とっさのときに電話してもらえれば、すぐに飛んでいきますと。

内島さんは、さっそく携帯電話を購入したという。
初めてポケットに入れたかわいい電話、これさえあれば、朝だって夜中だって、安心だ。 だが、一週間たって、携帯の電池が切れたときに、内島さんははたと困った。

「充電をするには、電気がいるわ!」

だけど、内島さんのところには、電気がきていないのである。

そのことに気がついたとき、内島さんはまたからからと笑ったという。
そう、あんなに便利だと 思った携帯電話も、内島さんにとっては、あまり意味をなさないことを。

「今はね、センセ。携帯も使ってないの。もちろん、電気もね」
内島さんは、先月私のエッセイ教室に現れたとき、そう耳打ちして、にっこりほほえんだ。

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