今月のエッセイ&イラスト

Vol.33「小道を行くと」
文・堀 直子(児童文学作家)/写真・藤城 薫

 

山の上の公園に行くためには、うねうねと続く坂道や、階段をあがっていかなければ ならない。ときどき近道をしようと、私は、ライオンを誘って、病院の中庭を通らせ てもらう。中庭は、まっすぐ公園に通じているので、ここを突っ切ってしまえば、楽 なのだ。

ところが、ここには、門番みたいなおじいさんがいて、始終私たちをにらんでいる。 理由はひとつである。
この道を犬を連れて通るな、である。中庭は、季節の花が咲き乱れているというわけ でもなく、廃棄されたゴミがたまっていたりする。

近所の人に聞くと、このおじいさんは、病院の人でなければ、中庭の持ち主でもない。 だが、なぜか、日が落ち、涼しい風が吹きはじめると、必ずこの中庭に現れて、私み たいに犬を連れ、公園まで近道をしようとする人々を呼び止めては、文句を吹っかけ るのだ。

私はかかわり合いになるのが面倒臭いので、文句をいわれても黙って走り抜けていくのだが、今回は、違った。おじいさんは、頭から湯気を立ち上らせる勢いで、「通る な!」と怒鳴りはじめたのである。もちろん無視して、通り過ぎるつもりだった。だ けど「たたき殺すぞ!」という言葉を聞いた時に、私はちょっと切れたのである。

「おじいさん、いい大人が、たたき殺すとは、なんですか?そんな言葉使って、ぶっ そうですね」

おじいさんは一瞬下を向いたが、すぐに額にしわを寄せて、「犬はきらいだ」といっ た。
そうして、追いかぶせるように、きたない言葉をさらに吐き続けた。顔じゅうを真っ 赤にして、咳き込みながら。

夏の日が病院の影に反射していた。おじいさんが、逆光に隠れた。すると、おじいさ んのすべてが、黒くおぼろに染まりはじめたのである。私にはまるで、影絵を相手に しているようにしか感じられなくなった。
そう、おじいさんが、現実の人である必然が、まったくなくなったのである。まるで、 宇宙人か幽霊のように。

私はライオンのリードを引くと、足早にここを抜けた。「かわいそうなおじいさん」 とつぶやきながら。

公園で待っている、楽しいにぎやかなライオンの友だちの顔を思い浮かべながら。

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