今月のエッセイ&イラスト

Vol.29「この命があるから」
文・堀 直子(児童文学作家)/写真・藤城 薫

 

ここ一ヵ月、咳がとまらずに、食欲もない。原因は、人間関係なのである。いわゆる ストレス過多というやつである。
友人にそのことを話したら、彼女も、同じようなことをいっていた。
彼女の場合は、うつから、過食になってしまったという。彼女は、いま仕事を休んでいる。なにしろ、食べていないと胃が痛くてたまらないらしい。
あとは、一日ごろんと横になっているだけ。なにもやる気がおこらないという。

無気力が全身をおおっているとき、精神の病気といわないまでも、やる気がおこらな いのはつらい。彼女だけでなく、私のまわりには、そんな無気力症候群の友人がけっ こういる。昼も夜もひたすら、けだるい眠りに身を任せている彼ら。

だけど、私には、私を起き上がらせてくれるものがいる。
それは、私が守ってやらなくては、生きてはいけないものだ。

私は、台所に立って、彼のためにごはんを作らなければいけない。
彼のために、野原を散歩しなくてはいけない。
彼のもつれた毛をとかし、彼の心を喜びで満たしてあげなくてはいけない。

私がいなければ、彼は生きていけない、そのことが、私をまた生かしてくれている。
彼の命を守ってあげるのは、この私ひとりなのだから。

そんなことを、私は、友人からの電話を切ったあとで、彼女宛のメールに書きながら、 ふとかたわらを見ると、彼が、私の犬が、安らかな寝息をたてて眠っている。

Back Number