今月のエッセイ&イラスト

Vol.27「ライオンのうれい」
文・堀 直子(児童文学作家)/写真・藤城 薫

 

ひとりぐらしを始めようと思ったときから、ライオンが、妙に甘えるようになった。

夫の薫くんは、さっそく自分の引っ越すマンションを見つけ、本の整理に余念がなかった。持っていく本とそうでない本と、彼は、段ボール箱につめたり、じょうずにひもでくくったりした。
彼の部屋は、きちんと整とんされた本で埋まり、まるで、本の森のようだった。
ライオンは、ドアの片隅から、首だけつきだして、じっと本の森を見ていた。

なにかが、家のなかを流れていく。いままでと違った匂いと風?

ライオンは、きょろきょろと目を動かし、私たちの言動をうかがい、足もとにすりよっては、ふーんと鳴いた。トイレにもお風呂にもついてきた。
メリーさんのひつじのように。
金色の毛並みをそよがせ、足並みは、ちょっとだけ重く。

薫くんが引っ越しをする日、引っ越し屋さんの騒々しい声に、ライオンはありったけの声で吠えた。

なにかが違っていく。なにかが嵐のような勢いで、流れていく?

ライオンは、遠い空に向かって鳴き続けながら、最後に「じゃあね」といって出ていく薫くんを見上げた。

私は、薫くんに「気をつけてね」といいながら、ライオンに話し掛けた。
「ライオン、私たちは、けんかしたわけじゃないんだよ。ひとりになって、考えたいだけなの。前向きに、楽しく!」

ライオンは、首をほんの少しかしげた。
耳をきちっと立てて。
「でも、ライオンはずっと、いっしょよ、私といっしょ!」
ライオンは、手をふる薫くんに向かって、もう一度、答えるように鳴きながら、
私のひざに前足を置くと、ぺろぺろ私の顔じゅうをなめた。

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