今月のエッセイ&イラスト

Vol.21「私の歯」
文・堀 直子(児童文学作家)/写真・藤城 薫

 

ひさしぶりで歯医者にいくと、先生は、しみじみと私の歯をながめながら、こういった。
「まるで、縄文人の歯だ」と。
 私は一瞬、意味がわからず、先生に聞き返した。
「そう、生肉ばかり、食いちぎる、あの縄文人ですよ」
 先生は、私をからかうように、そればかりをくり返した。
 私は、肉なんて、めったに食べないし、まして、生肉なんか、一度も口にした覚えがないのに。けげんに思いながらも、そのことを伝えると、先生は、白いマスクを少しずらして、
「直子さん、あなたの前歯ね、のこぎりみたいにぎざぎざなの。なんか、強い力で、上下の歯をかみあわせたでしょう?」そういった。
 私は、はっと思った。上下の歯をぎりぎり噛み締めるのは、私のくせなのだ。怒っているとき、犬のリードをひいているとき、くやしいとき、私は、よく、歯をぎちぎち鳴らす。
 まして、仕事をしているとき。そうパソコンにむかって、汗だくになりながら、小説をかいているとき、私は、無意識のうちに歯を強く噛み締めているのだ。
「それが、直子さんの歯にとって、どれだけ、悪いことか」
 先生は、ちょっとこわい顔をした。
この調子でいくと、いずれ歯が抜け落ちるかもれないと、先生は、
さらに私をおどかした。

結局、私は、ラクビーやボクシングの選手が、口にはめるような
プロテクターを作ることになった。
「いいですか、仕事中は、それをしてなさいよ。慣れるまで、すぐだから」
 先生のことばにうなずきながら、私は、歯を守るために、まるで、戦う選手のように、透明なプラスチックのプロテクターを上の歯にかぶせて、仕事をするはめになった。

そうして、その夜、夢を見た。
私の歯が、ぽろぽろ雪のように、歯茎から抜け落ちて、
大地に転がる夢を。

朝、なんともけだるい気分で目を覚ましながら、私は、
「せめて、弥生人の歯だと、いってくれれば、よかったのに」
歯医者さんをほんの少し恨んだ。

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