今月のエッセイ&イラスト

Vol.15 「正義の味方」
文・堀 直子(児童文学作家)/写真・藤城 薫

 

長崎市で、いちばんにぎやかな浜の町の通りを夫と歩いていたら、背中にずしりと衝撃をうけた。あっと思って振り向くと、やくざ風の男が私にぶつかってきたのである。
そして睨むのである。私はちょっと頭に来たので注意しようとすると、夫が私をしきりに止めるのだ。やめた方がいいよ。相手が悪いよ。夫の目はそういっている。周りを見ても、みんな、やくざ風の男をよけるようにして歩いている。肩で風を切って歩くのは この男ひとりだ。

しゅんかん、私の足は男めがけて動いていた。夫のとめるのなんか無視して。私は心を落ち着かせると、男に向かっていった。
「さっき、あなたがどんとぶつかってきたので、背中がとても痛いんです。もし、あなたがぶつかった相手がお年寄りや、子供だったら、もっときっと痛いと思います」
男は私をじろじろと見ながら、あんたにぶつかった覚えはないといった。
「そんな、うそついてもだめですよ」 私は逃げようとする男の手をつかむと、「そりゃあ、大通りをぼやっと歩いていた私も悪いかもしれないけれど、どいてほしかったのならどいてく ださいといえば、いいでしょう?」
「あんたね、しつこいよ」
「あやまってくれるまで 、あなたを放しません」
男は根負けしたのか、ふっと息を吐いた。
「じゃあ、わたしはいったい、どうすれば いいんだい?」
「ごめんなさいといいなさい」私は、声を大きくした。
「わかったよ、ごめんごめん」
男は口の中でつぶやくと、私たちを遠巻きにしている人々を意気がるように睨みつけ 、そそくさと消えていった。

私は、ぼうっと突っ立ったままの夫のもとにかけ寄ると、
あの人あやまってくれたよ 。そういった。
「あの人、あんまり悪い人じゃないかもね」
夫は、たった一言、よ、よかったね。そう答えるだけで、いつまでもそこに立ち尽く して入るのだった。私をあきれたように見つめながら。

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