今月のエッセイ&イラスト

Vol.14 「私は、だれだ!」
文・堀 直子(児童文学作家)/写真・藤城 薫

 

デザイナーの夫は、私同様に、ペンネームをつかっているが、先日、行政の方から、このペンネームが本人自身だということを、証明せよという電話をもらい、その高飛車な言い方に夫も私も腹を立てたのだ。
私は、ずっとペンネームで二十年間近く仕事をしているが、役所からも税務署からも、もちろん出版社からもそんなことをいわれた覚えはない。むろん、本名を書く欄には、戸籍上の名前を書くが、この本名とペンネームが、同一人物のものだということを証明しなさいだなんて、失礼ないいかたをされたことは一度もないのだ。
それが、夫に限っては、まるで信用問題にかかわるような電話を何回も受ける。業を煮やした私は、弁護士事務所に勤める友人にそのことをたずねたが、彼女は笑いながら行政を批判し、よいアドバイスをしてくれた。
折あって、行政のトップの人間に会う機会を得、そのことを話してみたら、彼もすぐに同情してくれた。
その後、夫に失礼な電話をかけた人物が、あやまりにきた。事は簡単に一見落着したのである。そう、証明問題は、しなくてもすんだのだ。私たち庶民には、えばりちらす行政の人間でも、トップには勝てないってことなのか。

だけど、私が私であることを証明せよなんて、ほんとうは、むずかしい問題なのである。あの哲学者サルトルだって、そのことを証明するために、長い長い時間を費やしたのだから。
ねえ、そのこと、行政のみなさんは、知ってますか?

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