今月のエッセイ&イラスト

Vol.10 「約束の夏」
文・堀 直子(児童文学作家)/写真・藤城 薫

 

近所にチビという犬がいる。雄の野良犬である。
ころころと太って、年もだいぶとっているのだが、つんと突き出た白い耳と、大きな黒い目はなかなかかわいらしい。私の飼い犬ライオンと仲がいい。

坂の途中にあるこの町は、チビにとってとても住みやすかったのだろうか。大通りへ出なければ、車の心配もないし、チビをいじめるような人もいない。むしろ、チビは、近所の人々から生きる糧をもらって、たらふく食べていた。寒い日は、家の中へいれてもらったり、汚れた毛並みはシャンプーしてもらったり、おとなしく愛らしい犬だからこそ、長い年月を生き延びたのである。

私が、チビの体の変調に気がついたのは、梅雨にはいってすぐの頃。
同じように近所の人々も、この頃、チビの食欲がないごたるね、なんて話していた。坂道をかけあがるにも、以前のような元気がないのである。ゼエーゼエーと息荒く、せつなそうだ 。
それでも、ライオンが遊ぼうと近寄っていくと、チビは、うれしそうに飛びついてくる。私はそんなチビを見つめながら、なぜか、ふっと、心の底で思った。チビ。最後は、ちゃんと私がめんどう見てあげる。

それからしばらくたって、ライオンの散歩の途中、動かないチビをみつけたのだ。固く冷たく、口からは血をうすく流して。チビ、チビと揺り起こす私の声に、近所の人が出てきて、市役所に電話したから、ごみとして、引き取ってもらうという、私は 、たまらずにチビを抱きあげた。

段ボールに花と埋もれて眠っているチビは、幼い小犬のような顔をしていた。ライ オンが不思議そうにチビをなめた。チビは、やがて、ペット霊園の係の人が用意して くれた車に積まれ、かすかな線香の煙のなかを、山の方へと消えていったのである。

私がお葬式をあげたことを近所の人々が知って、ずいぶん高くついたねとか、たいへんだってねとか、いうけれど。でも、私は、あのとき約束をしたのだった。チビの澄んだ黒い目に、最後は私に任せてよと。私は、あのときの約束を実行したまでだ。そうして、たしかにあのとき、チビは私を見て、甘えた声で鳴いたのだ。 チビ。約束の夏を、私は忘れないよ。
チビ!ばいばい。

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