今月のエッセイ&イラスト

Vol.7 「ライオン日記(4)」
文・堀 直子(児童文学作家)/写真・藤城 薫

 

「はじめの一歩」

2000年の年があけ、この道ではじめて会う人が、すてきな人だったらいいなと 思い、犬の散歩に出た。

おだやかな日差しを照り返す、コンクリートの坂道をのぼる 。犬は、はしゃいでいる。古ぼけたせまいアパートの脇を通りかかると、突然コラッ!と罵声が飛んできた。わけがわからず上を見たら、黒っぽい着物を着たおばあさん が、ベランダから顔を突き出して、私と犬をにらんでいる。
私は、とっさにおめでと うございますとあいさつをしたが、おばあさんには聞こえないらしい。
犬も私も、なにも迷惑をかけるようなことはしていないのに、おばあさんはどうして怒っているの だろう。いつもなら、わけを聞き、理不尽なことばに頑固として立ち向かう私だけれ ど、いまはけんかもする気にもなれず、もう一度おめでとうございますと頭を下げ、アパートの前を走り抜けた。
おばあさんのコラッコラッという声が、機関車のように 響いてくるなかを。

すてきな人に出会つもりが、コラッしかいわないおばあさんに出会っちゃった。なにか気持ちが重たくなって、ため息がでてきたが、犬ははしゃいでいる。犬のきらき ら澄んだ瞳を見ていたら、そうだよ、私、朝起きて、おまえと一番はじめに目を見交 わしたね。そうだった。おまえがいちばんだった。  そう思ったら、おばあさんの声が遠くに消えた。

こんな金色に輝く、はじまりの一 歩に、私なら、歌のようにことばを紡いで、日の光に輝かせるのにな。そんなことも 思って。

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