今月のエッセイ&イラスト

Vol.1
文・堀 直子(児童文学作家)/写真・藤城 薫

長崎に移り住んで七年がたち、その間、三度の引っ越しをし、今は山の上の古い家 に住んでいる。この家は、雨もりなんかもするけれど、困ったのは、朝になるとアリ が突然現われることである。それも、夫の枕元だけに。数十匹、いや百匹以上も。ど こか、壁にひびわれでもあるのだろうかと、大家さんに相談したら、殺虫剤で駆除し なさいという。殺虫剤なんて、家には一本も置いてない。第一使う気もさらさらない 。要はアリが家の中へ入ってこなければいいだけの話である。
私は、ある朝、すやすやと眠っている夫の枕元で、彼の落とした指の爪や、鼻ひげ の一本一本をお祭りのようにして、わいわいと運ぶアリたちの跡をたどり、壁の下の 小さな小さな穴を見つけた。
私はそこを、テープでぎゅっとふさぎ、あとは、飼い犬 のライオンが、ノミダニよけに使っているラベンダーオイル(ビッグウッド製)を、 布きれに一、二滴たらすと、周辺の畳を拭きまくった。ラベンダーの甘いかおりに包まれながら、翌朝、夫の枕元を見たら、アリの影も形 もない。もちろん、次の日も、その次も。以来、アリの訪問は、完璧におしまい。で も、どうして、アリは、夫の枕元だけに、現われたのだろうか。不思議だけど、よか った、私だけは、アリに好かれないで。

<ちょっと、ひとこと。>

私は、長崎で児童文学を書きながら、デザイナーの夫と犬とくらしています。長崎 の前は、信州に二年半住んでいました。もちろん、東京での生活が一番長かったので すが、ある日突然、東京を脱出しようと。北アルプスのふもとで生まれたライオンも 、いまや、十才。長崎の山や海辺を、元気に走り回っています。  犬を飼うことで知り合った、ビッグウッドのホームページに今回から、私のエッセ イを載せてもらうということ。堀直子からの心楽しいメッセージが、ずっとお伝えで きればと願っています。 写真は、夫の藤城 薫が撮影しています。』

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